日置家は、亀山(亀岡)の城を真正面に見ることができるこの地で、江戸幕府旗本津田藩の代官をつとめていました。また、日置流という弓道の祖と言われております。江戸時代に建てられた母屋の両脇は藪に挟まれ、門前の道は京の都に通ずる旧街道です。屋敷の周りの石垣土塀は、今も当時のままの姿で残っております。代々の当主が、現在まで大切にこの屋敷を守ってまいりましたが、広く皆さまにご覧いただきたいとの思いから、1994年(平成6年)より、京都の家庭料理をご提供する「へき亭」を開店いたしました。 ...続きを見る>>
京都府長岡京市に鎮座する神社 長岡天満宮(ながおかてんまんぐう)。長岡京市は京都盆地の西南部に位置し、主に西山の丘陵地帯からなる風光明媚な地域です。この長岡の地は、平安時代、菅原道真公が在原業平らと共にしばしば足を運んで、詩歌管弦を楽しまれたという御縁で結ばれている歴史深い地でもあります。道真公が大宰府へ左遷された時、「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しまれ、このとき付き従った中小路宗則が、道真公の死後公御自作の木像をお祀りしたのが、長岡天満宮のはじまりです。...続きを見る>>
かつて、保津川には丹波山地で切り出された材木を、京の都へと運ぶ筏流しが盛んに行なわれていました。
この筏で運ばれた材木で京の都を造営し、暮らしを支えてきたのです。筏流しはやがて舟下りに姿を変え、現在では「保津川下り」として多くの人に親しまれています。深い淵あり、激流あり、四季を移して流れる保津川の渓谷を縫って、丹波の国「亀岡」から京の名勝「嵐山」までの約16キロ、2時間の自然と触れ合う船旅です。...続きを見る>>
京都の歴史が育んださまざまな伝統文化。そのひとつである伝統工芸の技術は、世界でも類をみないほど多彩で洗練され、また美しい技術です。しかし、そんな優れた技術も時代の流れとともにその伝承力を弱めつつあります。日本独自の多彩な技術は、現代の日常生活から次々と姿を消していきました。日本の伝統工芸にとって、伝承すべき後継者の育成が大きな課題のひとつと言われています。
京都匠塾はそんな現状を変えるため、京都伝統工芸大学校の卒業生が中心となって立ち上げた組織です。各地の工房や公的機関、企業とも連携しながら伝統工芸の技術伝承のため、若い職人や作家が活躍できる舞台づくりを行っています。...続きを見る>>